Column
小さい頃から、地図を眺めるのが大好きです。できるだけ地形が解るタイプの、色分けや陰影のある物が好きでした。そこにどのような山や川があり、どのような人がいて、どのような暮らしをしているのか、また人が足を踏み入れない秘境にどのような
生き物がいるのか、想像すると、わくわくしたものです。
中には、国によって色分けされているものもあります。地図には、緯線・経線・日付変更線などの線の他に、国・州・街などを
分ける線が引かれています。そのことに気付いたのは、6歳の時でした。お下がりでいただいた地図絵本には、わたしの知らない国、「ソビエト連邦」がありました。「おや? ここはロシアではないのかな?」と不思議に思ったのです。
また、色が塗られていない土地もあります。日本の地図では、樺太/サハリンは白く、ロシアと日本、どちらのものか未定とされています。かつて豊原は、多くの日本人が賑わう、日本らしい商店の並ぶ街でした。現在はユジノサハリンスクとなり、ヨーロッパ風の街にロシア人が暮らしています。でも、もっともっと昔は、アイヌなど先住民族が暮らす島でした。一体、あれは誰の土地なのでしょうか?
シリアでは、3年前からの紛争により、安住を求める難民が増え続け、周辺国に難民キャンプができています。しかし、キャンプといえど、それはもはや本格的な集落のように発展しています。そこで育ち、祖国の思い出をほとんど持たない子どもたちにとって、何処が故郷になるのでしょうか? 夫を失い、難民キャンプで子どもを産んだ女性は、「いつか祖国に帰りたい。この子には兵士になって戦い、かたきを取ってもらう」と語っていました。
イスラエルとパレスチナの紛争が、最近、また激化しています。自治区に追いやられた人たちの中には、イスラエル側の土地に持っていた家を奪われた人たちがいます。自治区の中にもどんどん立ち入り禁止区域が出来ています。今では、自由に行き来することができず、自分の生まれ育った故郷、自分の耕した畑に簡単に足を踏み入れることができません。でも、イスラエルを建国したユダヤ人たちの中には、第二次世界大戦中の迫害により、ヨーロッパ各地ですみかを奪われた方たちが沢山います。
地図には、温度や濃度を色分けで示すものもあります。福島では、福島第一原子力発電所の爆発事故により、放射能の汚染を避けるため、立ち入り禁止区域が調整され続けています。インターネットの地図を検索すると、最も危険な区域が赤く示されていました。その赤い部分に自分の家があり、帰宅できずにいる方たちが、現在も仮設住宅で暮らしています。「帰れるものなら帰りたい」と思いながら。
同じ状況であったチェルノブイリでは、頑なに立ち入り禁止区域で生活を続ける人々が、ごくわずかですが、存在します。放射能の汚染を恐れるよりもまず、今更、別の場所に引っ越して新生活することの不安の方が、よほど、恐ろしくて、受け入れられないのだそうです。
何故、帰りたいと願うのでしょうか。離れることを悲しみ、無くなることを惜しむのでしょうか。そこにかつて通った幼稚園があるから、仲の良かった友達がいるから、先祖代々のお墓があるから。自分が開拓した農園があるから、神様が約束した土地だから……?
地図に線を引くこと、色を塗ることは、とても簡単です。でも、人の気持ちに線引きをしたり、一色で塗りつぶしたりすることは、誰にもできないのです。
September 2014. Noah Noel
Profile
2013年、結成。
のあのえる・加藤綾音・スズキヨシコを運営陣とし、
「すてきなことを、大好きな仲間と一緒に、楽しくつくる」という約束のもと、毎回メンバーを募ります。
地球上に生まれた小さなわたしたちが、大切な人たちとまいにちを幸せに暮らすために、何ができるか……
1歩ずつでいい、知ること、考えることを発信したい、そんな祈りをこめて…。
●2013年9月 『オイル』
作:野田秀樹
演出:のあのえる
会場:高円寺明石スタジオにて
http://gekidannono.com/special/oil2013/
●2013年8〜9月 『週刊マツバラ2013シリーズ』
脚本・監督:マツバラ元洋(よしもとクリエイティブ・エージェンシー)
映像作品